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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)710号 判決

控訴人(原告) 野沢貞夫

被控訴人(被告) 健康保険保険者 政府

被控訴人(変更後の) 社会保険審査会

原審 東京地方昭和三二年(行)第八八号(例集九巻三号59参照)

主文

控訴人と被控訴人政府との間の本件訴訟は昭和三三年四月一〇日控訴人の被告変更により終了した。

控訴人と被控訴人審査会の本件訴訟を東京地方裁判所に移送する。

事実

控訴人は、被控訴人健康保険保険者政府を被告として、原審に本訴を提起したが、不適法な訴として却下の判決を受けたので、右被告を被控訴人社会保険審査会と変更するとともに、同被控訴人を相手方として本件控訴を提起した。而して控訴人は、右変更の理由として次のとおり述べた。

一、控訴人が原審で健康保険保険者政府を被告としたのは、訴願法第一五条に「訴願ノ裁決書ハ其処分ヲ為シタル行政庁ヲ経由シテ之ヲ訴願人ニ交付スヘシ訴願書ヲ却下スルトキ亦同シ」とある処分した行政庁とは処分した保険者であり厚生大臣であると考えたからである。政府管掌の健康保険の運営は厚生大臣が主務大臣として監督者の地位にあつて、訴願法第一五条により処分庁とみなされるのであつて、裁決機関には処分権はないとの見解をとつていたからである。

二、しかるに、原判決は裁決庁たる社会保険審査会を被告とすべきであると判示されたので、被告を裁決庁たる被控訴人審査会に変更したのである。

控訴人は、被控訴人審査会に対し、「控訴人の任意継続被保険者資格取得申請に関する再審査請求につき、被控訴人審査会が昭和三二年九月三〇日附でなした裁決はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人審査会の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として述べたところは、「控訴人は昭和二七年七月二八日京浜自転車製作所に入社し、同年一〇月一六日病気のため退職し、その間健康保険の被保険者であつたので、退職後も右被保険者の資格を継続して取得する道がないかを東京都品川社会保険出張所に問合せたところ、任意継続制度があるにもかかわらず、「気の毒だが方法がない」との解答であつたので、控訴人は被保険者の資格取得による給付を受けることができなかつた。その後病気も恢復したので、昭和三〇年七月一日再び勤務し、被保険者の資格を取得したが、同年九月五日退職したものである。従つて控訴人は被保険者資格喪失前二ケ月以上被保険者であつたものであり、かりに控訴人のなした任意継続被保険者資格取得申請が法定の一〇日の期間経過後のものとしても、前記の事情の下においては健康保険法第二十条第二項により、期間経過につき正当の事由あるものとして認容せらるべきものである。」と追加陳述した外は、原判決の事実摘示のとおりである。

被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求め、仮に右の主張が容れられないときは、「本件訴を東京地方裁判所に移送する。」との決定を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、控訴棄却を求める理由

原審において控訴人は政府を被告として社会保険審査会のした裁決の取消を求めていたところ、控訴状において被告を政府から社会保険審査会に変更した。しかしながら、社会保険審査会のした処分の取消を求める訴の被告適格が右審査会に専属し、従つて政府を被告とする限り不適法な訴となることについては、原審の昭和三二年一一月二七日の第一回準備手続期日に被告において説明し、受命裁判官も原告の再考を促したところであり、さらに、昭和三三年一月一八日の第二回準備手続期日において、被告は答弁書に基いて陳述し、前回期日同様の説明をした。右の事情から原告は被告変更の必要性を了知していたか、或は容易に了知し得たものである。しかるに、原告はなお被告を変更する要はなく、政府を被告とするのが正当である旨主張し、同年二月一五日の口頭弁論終結に至るまでの間敢て右の態度を変えようとしなかつたのであるから、原告は被告を誤つたことについて故意または重大な過失があつたものというべく、本件被告変更の申立は許されないものといわなければならない。

従つて、本件控訴は政府を被控訴人とするものと解するのほかなく、政府を被告として社会保険審査会の裁決の取消を求める訴が不適法であることは、原判示のとおりであるから、これに対する控訴が理由のないことも明らかである。

二、管轄裁判所に移送を求める理由

仮に右被告の変更が許されるとしても、変更後の訴は東京高等裁判所に新たに提起されたものであるから、審級管轄の規定に違反する。従つて、右訴は被告審査会の所在地を管轄する東京地方裁判所に移送さるべきものである。

理由

控訴人が原審において政府を被告として、社会保険審査会が昭和三二年九月三〇日にした控訴人の任意継続被保険者資格取得申請に関する再審査の請求棄却の裁決の取消を求めていたのであるが、右取消を求める訴は、処分庁たる社会保険審査会を被告としなければならないもので、政府を被告とすることは不適法であるとして、訴却下の判決を受けたところ、控訴人は始めて右被告を社会保険審査会と変更する旨申立てるとともに、右審査会を被控訴人として本件控訴を提起するに至つたことは、当事者間に争がないところである。

ところで、被控訴人は、控訴人が故意または重大な過失によつて被告とすべき行政庁を誤まつたものであるから、右被告の変更は許さるべきでないと主張するので考えるに、控訴人は、原審以来本訴を弁護士に委任することなく、自身で訴訟行為をなして来たもので、その訴状や当審で提出した被告変更の申立書の記載をみれば、本件の健康保険は政府の管掌するものであるところから、いわゆる処分庁は政府であるとの見解をとつたもののように思われ、あまり訴訟法規に通暁している者とは言い得ないし、原審で敗訴して始めて前記のように被告の変更申立をしたところからみても、本件被告を誤つたことにつき、必らずしも控訴人に故意または重大な過失があつたものということができないし、その他控訴人に故意または重大な過失があつたと認めるべき資料もないから、控訴人の右被告の変更は許さるべきものといわなければならない。

控訴人が右のように被告を変更したことにより、変更前の被告政府に対する訴は、行政事件訴訟特例法第七条第三項によつて取下げたものとみなされ、これにより終了したものというべきである。

よつて変更後の被控訴人たる社会保険審査会に対する本訴について考えるに、右訴は本来地方裁判所の管轄に属するものであるのに、東京高等裁判所に新たに提起されたものであるから、審級管轄の規定に違反するものというべく、従つて、右訴は被控訴人審査会の所在地を管轄する東京地方裁判所に移送さるべきものとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊地庚子三 土肥原光圀)

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